7月28日29日は住吉神社祭礼です。

ちゃんちゃこばばさの会が毎年演奏している「高砂囃子」について梅田始氏の書かれた文章で説明致します。


住吉神社の高砂ばやし(しやぎり)

 梅田 始 

 村松住吉神社には藩祖堀丹波守直寄公が合祀されてあるので、その命日七月二十九日には毎年盛大な祭典がおこなわれるが、その際、華麗な屋台に等身大の高砂の翁媼を飾り、古雅な囃子を奏づる(原文ママ)のを村松町の一つの名物とされるが、これを高砂囃子といっている。

  この由来は遠く、藩祖直寄公の家臣某の子に盲人があったのをことの外あわれみ汝二十才までに、平家一通りを習い終えるならば検校に取立つべしと仰せられ藤田検校につかせられたところが、この子利発にして数年ならずしてその子十六才の時岩船検校城仙と名を賜り寵愛された。

  公他界後、城仙は将軍家に召され、関東の総検校として、八州の盲人を支配するに至ったが、亡き公の御厚意を忘れず公の好まれた祇園囃子になぞらえて音曲を案出して祭典毎に演奏して霊を弔って来たのが高砂囃子また祇園囃子と言われるものである。

  堀家では代々家臣に命じてこれを習わせ、拝殿北庇にて祭典毎に奏でたが、享保の頃町民が祇園の山鉾に模した高砂の屋台を新調するに及びこれを町民の事業としてその経費は領内を二分して隔年毎に分担して以来、奏曲しつつ町内を練り巡す(原文ママ)ことにより、処々にとまっては滑稽な文句を節おもしろく歌って人々の笑いをさそってきたものだが、廃藩後は経費の関係上、社頭に据付けてこの囃子を奏するようになった。 

村松藩

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